No.033 喜びと充実感

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 ■ 74歳の女性Hさんの場合
 
 認知障害を示すものには、大別して以下の3種類があります。
 @遺伝子・染色体が原因となるもの。現段階では、いくら頑張って治療しても結果は悪化するばかりです。40才頃から発病します。A脳梗塞・脳出血などの疾患が原因となるもの。原因の病気の発病を避けることが最善の予防法です。B加齢による老化現象+個人的な生活史が主な原因となるものです。
 そして、このBの認知障害の症状には、その人の人生での経験が大きく関係しているのです。はっきり申し上げますと、その人の過去の経験に影響を受けない症状はないと言い切ることもできるのです。また、発病の時期そのものも、生活歴により出現時期が決定されるのです。
 次にこの証拠となるような症例を示します。
 
 Hさん 74才・女性(特記すべき既往症はなし)
 
 【主症状】
 Hさんに認知症が目立ち始めたのは、6年前頃からです。
 
 《A群》
 現在では、門から外へ出ると、もう家へ戻れなくなる。自分のものと他人のものの区別がつかない。店の品物を持ってきてしまう。息子、嫁、孫の顔がわからない。物品の名前をかなり忘れてしまっている。自分の顔を鏡で見ても自分だとわからない様子などです。
 しばらく前までは、『死にたい。私を馬鹿にしている』『みんなが私を嫌っている』などと言って興奮し、泣いて怒る。布団を敷いて、誰も居ないのに小さい子供が居るかのように世話をしている。夜中に何度も墓へ出かけるなどの行動がありました。
 
 外来診察室では、Hさんは、終始硬い表情をして、こちらの質問に対しては横を向いたまま黙っているか、怒りをこめて怒鳴るように返事をします。そして『私を馬鹿にして』と憎々しげに言い、自分勝手に『帰ろう。帰ろう』と付き添っている次男夫婦を誘い、診察室から出て行こうとしました。
 
 【生活歴】
 Hさんは東京で生まれました。父親は小学校の教師。Hさんは、周囲の人から勧められて画家と結婚しました。夫となった人は、頑固なわがままな人で、夫の言うことに、妻は無条件で従うものと思っていました。少しでも気に入らないことがあれば、すぐHさんを叱りつけ、怒鳴りつける人でした。そしてマザーコンプレックスの強い人でもありました。
 夫と同様、一緒に生活している姑も、夫と一緒になっていつもHさんを叱り付けていました。Hさんを召使いか奴隷の様に扱い、Hさんは夫や姑に気を使い、気に入られるように努力と我慢の人生を続けていたのです。傷ついたHさんの心が壊れてしまいそうなとき、男の子が生まれました。その子だけが、Hさんの生きるための唯一の希望となりました。やがて、もう1人の子(次男)が生まれました。しかし、長男は、7歳の時に突然高熱を出し亡くなってしまいました。
 成長した次男が結婚して家を出てしまうと、Hさんの生活は、また夫と姑の3人となってしまいました。結婚直後の、昔の生活が再び始まったのです。姑は、6年前に亡くなりましたが、その時から、夫婦は次男の家族と一緒に生活するようになりました。Hさんには認知症の症状が出始め、そして進行して行きました。
   
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