1/3
 始めにお伝えしておきますが、このほど「痴呆」という言葉が不適切であるということになり、「認知症」と表現されることになりました。したがって、今までの「老人性痴呆症」は「老年性認知症」ということになるでしょう。
御殿場高原病院では前から「老人・老人性・老年期など」の言葉の、「老」が蔑視のニュアンスが強いため、「高年者・高年の・高年期など」の言葉で置きかえて表現していました。
したがって「老人性認知症」は「高年期の認知症」、または「高年期の」と加えなくてもわかる場合には、常に「認知症」とのみ表現することになるでしょう。いずれにしても英語の「dementia]の訳語に該当する言葉です。



 さて今回は、77歳の女性Kさんのケースを検討してみましょう。
 Kさんの症状は、5年位前から自分に優しくしてくれるセールスマンなら、高価なものでも買ってしまうことから、トラブルが生じました。料理が作れなくなりました。火の扱い方も危険になりました。最近では外出すると帰宅できなくなり、食事をこぼし、普通に食べられなくなりました。
 Kさんの精神的な言動は以下のように変化してきました。時間を追って記載してみます。

(1) 自分の夫に「あなたはどなたですか」と聞くようになった。
(2) 「知らない人が夫のベッドに寝ていた」と言う。
(3) 「夫が2人居る」と言う。
(4) 「夫が女性の所へ行っているので、今は留守です」と言う。
(5) 夫を見ても夫と認識できないが、アルバムの夫の写真を見せると、写っている人は自分の夫だとわかる。
(6) 息子がKさんを訪問した時、かたわらの夫に「あら、いつ帰ってきたの?」と夫であることがわかったが、数分後にはわからなくなった。
(7) 独り言を言っているので「誰かと話しているの?」と聞くと「母と話をしている」と言う。
(8) 家族が皆で車で出掛ける時「もう一人がまだ乗っていない」と言って待っていようとする。

以上がKさんの経過の概略と症状です。
このような症状から、Kさんが時期を早めて陥ったと考えられる認知症の原因を検討してみたいと思います。

 まず、Kさんの生活史を見てみましょう。
Kさんは福島県の出身です。同胞6人の第二子で次女です。3歳のとき、母親の姉夫婦の所へ養女にいきました。母親の姉の夫は再婚で、男の子が居ました。男の子はKさんより4歳年上でした。養父母はとても優しく、大切に2人の子供を育てました。Kさんは女学校卒業をすると、戦後の東京へ兄を頼って上京し、就職しました。
 Kさんは会社の同僚と結婚しました。男の子3人の母親になりました。夫はあちこちへと単身赴任が多く、Kさんは自分で3人の子供を育てたようなものでした。子供たちは大学を卒業し、就職し、結婚し、家を出て行きました。夫が定年退職後はKさんと夫の二人暮しが続いています。
次へ進む