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| 明けましておめでとうございます。 新年にはいつも、入院・入所されている皆さんに、「こうして差し上げたい、ああして差し上げたい」と思うのですが、なかなか上手くいきません。しかし今年こそは「きちんとして差し上げたい」と願っております。よろしくお願い申し上げます。 さて今回は以前にも取り上げて説明が不十分だった「心的外傷」について、79歳の女性Mさんのケースから考えてみましょう。 Mさんは3年程前から忘れっぽくなっていました。約束の日時を前日に確認しても翌日には忘れる、ガスの消し忘れが多くなった、などがありました。その後、さらに忘れっぽくなり、1年半くらい前に病院で診察してもらいました。医師は「このくらいは年だから仕方ないでしょう。認知症とは違いますよ」と言いました。 最近では、食事の準備、支度をきちんとできない。何かあると「私なんか生きていてもしょうがない。死にたい。死んでしまいたい」と繰り返します。手洗いに頻繁に通い、毎日50回くらいの回数に及んでいます。それでも間に合わず、もらしてしまうこともある。夜間は手洗に行くことばかり心配して熟睡していない様子、とのことでした。 Mさんは裕福な家庭に生れました。兄2人の3人兄妹です。一人娘で末っ子で、皆に可愛がられ、甘やかされて育ちました。子供の頃から我がままで自己主張が強く、自分が思ったようにならないと、怒ってその場を去ってしまうような子供でした。結婚してからも子供時代の続きのような生活でした。娘2人を生みましたが、子育てはもっぱら夫がしてきました。夫は優しい人で、Mさんはいつも外出し友だちと遊んでいました。娘たちは「母親らしい優しさを受けた記憶がない」と言います。 6年前にMさんは夫を亡くしました。Mさんはショックを受けたようでした。その後1年間位は、「うつ病」ではないかと思えるほど元気がなかったとのことでした。 娘さんたちは父親から受けた愛情が大きかったのでしょう、優しい人たちでした。母を心配し、毎日、交代でMさんの家へ行き、一生懸命世話をしてきました。しかし世話の仕方は不適切であったようです。娘さんたちはMさんがいつまでも元気で、活動的な母親であって欲しいと願っていました。そのためMさんが物忘れをしたり、ミスをしたりする度に、「お母さん、しっかりしてください」と叱咤激励し、注意をうながしました。 何事も自分でしていないと忘れてしまうからと、Mさんができなくなっていることを、幾度も繰り返しさせるようにしていたのです。Mさんの困惑は大変なものだったと思われます。 私たちは若い頃であれば、人からの注意・叱責・命令などは反発心で処理してしまうか、別にどうということもありません。しかしMさんのように80歳くらいの高齢者には、それでは問題が残ります。特に自分の子供からの注意・叱責・命令などの言葉は、親の心に「小さな傷」を残します。このようにいくら言われてもできないことを、するように要求する子供からの言葉の繰り返しが、多数の小さな傷を累積させ、親の心の奥深くまで達する大きな「心的外傷」を作り上げてしまうのです。 認知症の初期には、高年者は覚えていて当然のことを忘れたり、出来るはずのことを出来なかったりで、恥をかいたり、困惑したり、不安になっていたりするものです。自信を喪失し、大人不信に陥っていたりもします。 このようなとき、「注意・叱責・命令」の言葉を繰り返すことは、高年者の弱った心に、小さな「感情的外傷」を積み上げていることになり、やがては大きな1つの「心的外傷」となり、「心的外傷」としての認知症症状を出現させることになります。くれぐれも高年に到った親に向けての「注意・叱責・命令・愚痴・嫌味」などには気を付けなければならないのです |
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