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もう一例、同じように不思議でない不思議な例を、次に報告させて頂きましょう。それは私の著書『ボケが晴れるとき』からの引用例です。

 今から10数年前のCさん(当時73歳)は、20数年前から認知症症状がすでに強くなっていました。会話がうまくまとまらない、物忘れも著しい状態であったとのことでした。その後、火の始末ができない、衣服を着ることができない、怒りっぽく興奮しやすい、娘さんの名前がわからない、などの症状が加わり、さらに娘さんの顔もわからない状態まで進行されました。
 ご家族は頑張られて、以上のような状態になるまでのCさんの面倒を看てあげていたようです。そして当院へ入院されました。アルツハイマー病でした。そして5年の月日が経ちました。発病後15年が経過したことになります。

 当時のCさんはもう歩くことも、いや動くことでさえできません。アルツハイマー病と15年以上に渡る月日が、容赦なくCさんを変えてしまったのです。Cさんの腕や下肢は縮み、食欲もなく、食事の摂取量は若い頃の半分以下となりました。周囲の出来事にも関心がなく、呼びかけても視線は動くことがないほどでした。
 ところがその頃、突然Cさんの食欲が回復しました。全量摂取も可能となったのです。同時に視線が人を追い、表情が明るくなりました。さらに言葉にならない言葉が口から漏れ、笑顔さえ戻ってきたのです。

 なぜこのようなことが起こったのでしょう。原因として思い当たることを記してみましょう。

 Cさんに変化が起こる数カ月前に、当院のシルバースタッフとしてDさんが入職してきました。65歳になる彼は、テレビのプロデューサーなどを勤めてきた敏腕の仕事師で、「まだ働けるから、人の役に立ち、自分が納得できる仕事をしてみたい」とのことでした。そこで患者さんの介護をすることになったのですが、何事にも意欲的な彼は、日々の経験を急速に自分の血肉としていったようです。ある日、Dさんは言いました。「毎日ただ一緒にいるだけではなく、肌に触れてあげること、手をさすってあげることがとてもいいようです。Cさんは時々私を見つめるようになりました」

 Dさんは認知症患者さんが自分の子供を忘れてしまい、他人との区別がつかないことに着眼しました。それなら他人を我が子と思い込むこともあるはずだと考えたのです。そして子供がいると親は安心することを利用して、Cさんに「お母さん、お母さん」とスキンシップで呼び掛けたのです。Cさんの視線がDさんを追うようになりました。それに力を得たDさんは「顔に表情が出てきました」と、さらに一生懸命Cさんのお世話をしました。呼び掛けも「お母さん」ではなく、実の息子さんが「かあさん」と呼んでいたことを聞き出し、何事があっても「かあさん、かあさん」と切り出しました。

 すると驚くべきことが起こりました。Cさんが何か喋るような表情をするようになったのです。同時に食事もほとんど食べられるようになりました。やがて笑顔も見られ、痛いはずの下肢を動かすようになったのです。
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