1/4
 Aさん(85歳、女性、東京都出身)は、お子さんたち(長男夫婦以外の)に連れられて、外来に来られました。次のような症状があるとのことでした。
【最近、忘れっぽくなった。物事を被害的に考える。いつも何かを盗られないように用心している。「私が生きていると皆の迷惑になるから、早く死んだほうがいい」と口癖のように言う。夜、起きていることが多くなった。ブツブツと独り言を言っている。一緒に生活している次男夫婦と最近はうまくいかないことがある。】

 Aさんの夫は高等学校の教師でした。10年前に癌で亡くなりました。子供たちは長男(教師)、長女(教師)、次男(会社員)、次女(主婦)、三女(公務員)の5人です。10年前に夫が亡くなってから、長男の家族と一緒に住んでいましたが、なぜか上手く行かなくて、7年くらい前から次男の家に引き取られています。

 診察室でのAさんは非常に穏やかでにこやかです。会話のタイミングもよく、礼儀正しく、きちんとした生活史の持ち主であることが推察できます。ここでご家族の皆さんに席を外して頂き、Aさんとだけお話しました。

「今日はご長男が来られませんでしたが・・・」
「きっと忙しいのだと思います」
「ご長男たちとはご主人が亡くなってから一緒に生活なさったことがありますね。どうしてご次男の家へ行かれたのですか」
「昔から次男は優しかったので・・・」
「ご長男は優しくないのですか」
「そんなことはないと思います。嫁に気を遣っていたのでしょう」
「ご長男の奥さんは仕事をしていらっしゃるのですか」
「はい。高校の先生をしています」
「両親が学校の先生では、お孫さんは成績が良かったでしょうね」
「・・・でも可哀そうです」
「誰がですか。お孫さんがですか」
「・・・長男夫婦がです」
「どうしてですか」
「優秀な子は社会に出てから仕事が忙しくなり、親を大切にする時間がないからです。長男夫婦も子供たちから大切にされないことになるでしょう」
「Aさんも可哀そうな人の中に入りますか」
「私は・・・、恵まれたほうです」
「Aさんは『早く死んだ方がいい』と思ったことはありませんか」
「時々はありますよ。良いことばかりではありませんもの。悪いことだってありますから」
「Aさんに悪いことがありますか。あるとすればどんなことですか」
「そうですねぇ」

 Aさんは何かを思い出しているようでした。ここでお子さんたち皆さんに診察室に入ってもらいました。Aさんも一緒にお話をすることになりました。
次へ進む