| 2/3 | ||
| 誕生日が来ました。しかしお父さんは何も言い出さないので、T君は催促をしました。 「すまない。父さん、お金を用意できなかった。そのうちに働けるようになったらきっと買ってあげるから、それまで待っておくれ」 「それまで絵を描けないじゃないか。僕は絵の具で描きたいんだ。待つなんて嫌だ」 お父さんは黙ってしまいました。T君は大声で叫びました。 「友達が絵の具を使っているのが、いつだって羨ましかったけど、ずっと我慢していたんだ。絵の具を買ってくれないなら、死んだ方がいい。よし、死んでやる」 「それしきのことで『死んだ方がまし』だなんて、男の子の言うとじゃないよ」 「だって父さんは、何も買ってくれないじゃないか。そんな父さんなら帰ってこなくたってよかったんだ」 お父さんは横を向きました。それは言ってはいけない言葉であることは、小学生でもわかっていました。T君は険悪な空気を感じて「ぶたれる」と思いました。次の瞬間、T君は脱兎のごとく外へ飛び出しました。お父さんが追ってきたので、T君は一生懸命逃げました。 しばらくすると追ってくる気配がなくなったので、振り返ると3,40メートル後ろでお父さんは板塀に両手をついて荒い呼吸をしていました。 「危なかった。ぶたれなくてよかった。それにしても父さんはしつこく追いかけてきたなぁ。でも病人なんかにつかまるはずはないじゃないか。僕は駆けっこが得意で、リレーの選手なんだから」 その時は、T君は絵の具のことをすっかり忘れていて、間一髪、危機を脱したことに満足していました。 この事件があってから1年も経たないうちに、お父さんは病気で亡くなりました。T君はお父さんの病気が何であったかを今も知りません。 |
||
| 前へ戻る | 次へ進む | |
|
|
||