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 このようなMさんが入院してから2年が経ちました。興奮、激怒、暴力などは激減し、経過は一応良好でした。しかし、最近再び認知症が進行し始めました。末期的な状態に近づいてきました。 
 折りたたんで、厚く縫い付けてあるタオルを一日中口いっぱい頬張り、噛んでいます。車椅子のテーブルを拍子を取るかのように叩いています。止めさせようとすると、怒り出します。

 ある日、Mさんは相変わらず味のないタオルと口いっぱい頬張り噛んでいました。私たちが饅頭を差し出すと、
「あ、饅頭だ」と言って、手を伸ばしました。「この方がいいでしょう」と話し掛けると、「ああ」と答えてくれました。タオルよりは饅頭の方が食べ物であり、美味しいことを、Mさんは知っていました。
 そして口いっぱいに頬張ると、口に入らなかった残りを2つに分け、私たちに「食え」と言って分けてくれました。
「いいですから、Mさんが食べて下さい」
と返すと、それを全部口の中へ押し込んでしまいました。

「残りを分けてあげることができるんですね。人に対する優しさがまだ残っているのですね。どうしてなのでしょう」
と私が言うと、心理担当の西尾君が言いました。

「先日、奥様が面会に来られた時に、『いろんなことが理解できなくなってしまって、こんなタオルを口に押し込み、一日中口をモグモグしているようになって・・・。これからどうなるのでしょうね』と聞かれました。
私はフロイトの乳幼児の口唇期を思い出して、『段々赤ちゃんみたいになっていくのでしょうね』と答えました。すると奥さんは、『そうですか、ではもう一度育ってくれる時があるということなんですね。いろいろなことを分かってくれるという時期がやがてはあるということなんですね』と言われました。
僕は奥さんの優しさに驚いてしまいました。ご主人のMさんがこのような末期的な認知症症に陥ってしまわれた今でも、この現実もしくは現在の向こう側、つまり未来にもう一度元気になったご主人の姿を思い浮かべる考え方が出来る、ということにです。
Mさんが食べかけの饅頭を私たちに分けてくれた優しさは、奥さんが毎週のように面会に来られて、Mさんに優しく対応されているからではないでしょうか。
私たちは、Mさんを通して、奥さんの優しさをお裾分けしていただいた、ということにはなりませんか」

「そうですね。奥さんの優しさを最後までMさんが理解できるように頑張ってあげて下さい。」
と私は西尾君に言いました。

 優しくされている人は、認知症に陥っても最後まで、『優しさ』を持ち続けていられるのでしょう。
 振り返ると、饅頭を食べ終えたMさんは、もう口いっぱいにタオルを頬張っているのでした。
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