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| 外来診察室にて Mさんは「あーあー」と声を出していました。息子さんがMさんの肩を軽く叩くと、声を出すのを止めました。今度は何かをMさんは言ったようでした。息子さんは「オジイチャーン」と言ったようだと説明してくれました。「Mさん、Mさん」と話しかけましたが、返事はありません。 看護婦が「Mさん」と名前を呼ぶと「ハイ」とはっきり返事をしました。そして突然、「オトーサン」と誰かを呼びました。「Mさん、MさんのおくさんはMスズ子さんですか」と聞くと、「覚えていない。本名は山田ヒシ子」と言われました。Mさんは自分の妻だった人の名を忘れてしまっているようでした。息子さんも「そんな名前は聞いたことがない」と言われました。この時、Mさんは「エーッ」と声を出しました。私と息子さんのやりとりに関心を持った様子をしました。 息子さんは「自分(息子)の名前を忘れているくらいですから・・・」と残念そうに、父親の正常性をあきらめているような言葉をつぶやきました。また「大きな声を出すようになったのは昨年(平成12年)の10月頃からです。淋しくなると声を出すのです」と自信を持って教えてくれました。 当院での診断 Mさんの認知症状態は、現在、重度と考えられることを息子さんへ申し上げました。この情態に至ったMさんへの対応は、物品の名称を覚えさせるとか、忘れたことを思い出させるために、忘れっぽい状態の改善を直接の目標としたものでは好結果を得られないことを説明しました。Mさんが安心と満足を充分に感じられるように対応することこそが、ベストな方法であると説明しました。そしてそのためには、Mさんが言葉を忘れてしまっており、相手の言う言葉の意味を理解できなくなりつつあること、言葉の意味を思い出すのに時間が掛かること、聴力が低下していて相手の言うこと言葉を正確に聞き取っていないことなどを、よく理解してあげて話しかけるのが基本となること、などを話しました。『優しい言葉で、ゆっくりと、繰り返し話してあげなければ、Mさんの分かることまで、分からなくなってしまう』のです。私たちが相手は当然分かっているはずと考えて、理解していると、Mさんはイライラしたり、反抗的になったり、または興味を失って無関心になってしまったりするのです。私たちが不慣れな外国語でペラペラと喋られると、何を言っているのか分からなくなったり、誤った解釈をしてしまったりするのに似ています。 息子さんはMさんを連れて帰られました。翌日、私は気がつきました。Mさんは目が見えなかったのです。私の説明は、目が見えている人の場合のものでした。 私たちは確かに「こんにちわ」と声を掛けられた時、その人の身振りや顔付きなどからの親しさや優しさを、その言葉に付け加えてその人を確認します。極端に言えば、遠くの方で手を振ってくれていることに気がつくだけでもその人の親しさや優しさを理解することができます。Mさんは目が見えないのです。以上のような優しさの理解は困難です。息子さんの優しさは半分くらいは届いていないのです。したがって、視覚によって理解することのできる優しさを、他の感覚で理解してもらわなくてはなりません。いくらかは耳も遠くなっています。 |
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