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4.さらにもう少し以前の、認知症状態が重度の時期の初めの頃について、お二人の様子を比べてみましょう。
   Aさん
はニコニコしています。誰かに何かをしてもらうと「ありがとう」「すまないね」などと、その人への感謝と労をねぎらうことができました。人を疑うことはありませんでした。
  「雨の日は雨に濡れ、風の日は風に吹かれ」た様子で、私たちの中にいました。
  Bさんは「ありがとう」を言えましたが、「すまないね」という言葉はありませんでした。何かが見つからなかったり、自分の思うように物事が運ばなかったりすると、「盗られた」とか「意地悪された」などと被害妄想的な言葉がありました。
  他の人をよく理解することが不得意のようでした。
  またAさんは私たちにミスを指摘されると「そうね」と受け入れることができました。その結果はやはりミスの繰り返しではあったのですが…。
  Bさんは自分の非を認めようとはしませんでした。自分を変えることができない考え方の人のようでした。

 このように認知症が重度になってからの、AさんBさんのこのような相違は、お二人が入院された頃からあったようです。
  Aさんはご家族に入院を勧められた時、
「先生よろしくお願いします」
  と、言って入院されました。
 Bさん
「私はどこも悪くないのに、なぜ入院しなければならないのか」
 と、ご家族にくいさがっておられたのです。
 ところでこのお二人の言動の相違は、実はお二人のもっと若い頃からの考え方、生活の仕方とほとんど同じだったようです。


 Aさんは人に優しい考え方の人で、自分の都合のよい人にだけ優しいということはなかったのです。このような考え方で苦労をしながら子供たちを育ててきました。仲のよい友人も多かったのです。
  認知症に陥った年齢もBさんより遅く、八十三歳の頃でした。知的天寿を全うしたあとの認知症のようでした。

 Bさんはわかがままでした。自分より生活のよい人たち、自分より能力のある人たちを認めることができませんでした。そのような人たちの欠点を探し出し、軽蔑し、攻撃することで自分の優位を保つことをしたりしていました。
  Bさんは生活が苦しいなどということはなく、むしろ恵まれていたのです。しかしこのような考え方・性格のため、本当の友人や親しい仲間を持つこともできませんでした。孤独な老後を迎えることになりました。
 このように、若い頃の考え方や生活の仕方が、私たちの老後に、認知症に陥った時までも影響を及ぼしています。私たちは自分の過去を引きずりながら、老年期の認知症までをも進行させているのです。

 私たちが老後の認知症を防ぐためには、楽しい日々・嬉しい日々が老後に必要です。そのためには仲のよい友、楽しい友、一緒に行動してくれる友が必要です。老後になってからではそのような友人を作ることは至難の業です。

 私たちは現在の思わしくない状況を他人のせいにしがちです。悪口を言ったりしています。このようなことでは親しい友人・楽しい仲間など作れるはずはありません。老後は当然のように淋しい日々、楽しいこともすることもない日々が続くことになります。その結果、認知症に陥るのも比較的早くなるのです。

 まず、自分が変わらなければ、他人は変わらないのです。自分の欠点に気付き、反省し、他人の長所に感謝することから始めることが大切でしょう。
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