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〔Aさんの生活歴〕

 Aさんは農家の長女として生まれました。二十二歳で職業軍人の夫と結婚、四女を生した後、長男次男と六人の子供に恵まれました。夫は軍隊では佐官で、戦後は教師を勤めました。酒豪でしたが、大酒が災いしたか肝臓を壊して四十五歳で亡くなりました。長男が十四歳の時で、その後、Aさんの悪戦苦闘の日々が始まりました。

 Aさんには困ったことが二つありました。一つは、夫が長男を跡継ぎとして特に大切に育てたため、他の子供たちが長男に反感を持ったことです。夫亡き後、娘や次男は長男に対して非協力的で、家族の一致協力がありませんでした。もう一つは、大勢の子供を抱えて家計が苦しく、加えて土地家屋も、生前夫が保証人となった担保物件として人手に渡りました。

 Aさんは娘たちや次男と協力して何とか暮らしていましたが、長男は家族から一人離れ、独力で大学を卒業し、就職やがて結婚しました。その頃には娘たちも結婚していました。

 月日が経ち、一人暮らしの中でAさんも年を取りました。仕事も辞め、数年経つとすることがなくなり、毎日ぼんやりした生活が続きました。娘たちは「働かないでいられるなんて本当に幸せなことだわ」と言い、苦労の連続だったAさん自身も「そうよね」と納得していました。

 しかしこの目的も目標もない日々や、することもない生活が続くうちに、Aさんは非常に忘れっぽくなってきました。また無気力・無関心の傾向が強まり、それに気付いた娘たちと次男は、Aさんの気分が変わるようにと、長男に引き取って貰うことにしました。

 Aさんは喜んで長男の家に行きました。しかし長男と嫁はAさんの気持を理解できなかったようです。Aさんへの接し方に足りないところもあったのでしょう。孫も上の子は五歳になっていて、Aさんと本当に仲よくなるチャンスは失われていました。

 Aさんは感謝されることも、尊敬されることもなく、特に相手をされることもない日々を過ごしたようです。毎日、何もすることがない分、息子たちが自分に関心を示してくれないことに敏感で、それだけ不満の多い日々を作り上げていました。
何かにつけ
「私なんかいない方がいいのでしょう。私は生きていない方がいいのでしょう」
などと言うようになりました。
「そんなことはありませんよ。お母さんにはいつまでも元気でいらしてもらわないと…」
という嫁の言葉には、Aさんはいつも背を向けてしまっていました。

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