グル−プ[5] 中程度認知症状態(前期)


〔例1〕
 ある80才の女性です。「嫁がお金を盗った」と知人・隣人・自分の子供たちに言いふらしました。当然のことながら、このような出来事の真相は明らかになりません。以前にも、「泥棒にお金を盗られた」とのことで大騒ぎになり、警察官が実地検証にきたこともありました。
 一緒に生活している長男夫婦は、自分たちが盗ったと思われたくありません。ほかの弟妹たちから誤解を受けないような接し方を母親に対してするようになりました。 母親に会いに来た弟妹たちは、最初の頃は母親の言葉に疑心暗鬼でしたが、次第に母親の言うことに相槌を打つようなことを言うようになりました。その雰囲気は、長男の嫁にはとてもいたたまれないものでした。
 そうこうしているうちに、この女性は少しずつ認知症状態を進行させていきました。それは当然のことです。何故ならば、この女性のその後の生活は、

(1)『お金を盗られた』ということの真相を追求する子供たち
(2)姑に誤解を受けないようにすること・姑に逆らわないようにすることだけに注意を集中する嫁
(3)どう対処してよいのかわからない長男
(4)財産問題もからみ長男夫婦を中傷することも多くなった弟妹たちのよそよそしい雰囲気

 などの中で営まれていたからです。望むらくはこのご家族にとって、母親が『お金を盗られた』『嫁に盗られた』と何故言うのかを考え、その原因の除去を図るようにすることこそが必要だったのです。 参考までに、この女性が認知症状態に陥られる前から入院までの生活状況を申し上げましょう。

 この女性は、夫が残してくれた遺産があり、老後には経済的に何の不安もありませんでした。長男一家と一緒に生活をしているので、一人暮らしに伴うような不安・不便さもありませんでした。子供たちは4人いました。それぞれが頑張って生活していました。しかし景気の悪い時もあって、仕事がうまくいかない者もいました。
 何年もの間に、幾度も母親からお金を借りていきました。一人が借りれば、特に困っていない子供たちも何かと理由をつけては借金を重ねました。子供たちには『公平』という名目があったのでしょう。子供たちに甘えもあったようです。お金の返済はされませんでした。
 やがて長男の子供たち、つまり孫たちも大きくなり、以前みたいに「オバアチャン、オバアチャン」と言わなくなりました。長男も仕事に忙しく、母親の相手をなかなか出来ませんでした。この女性は次第に孤独な日々を過ごすようになっていったのです。淋しい日々でした。
 ある時、この女性は、預金通帳に残されている金額の少なさに驚かれたようです。その後のご自分の生活への不安も感じられたのでしょう。病気による入院、葬儀などの費用も気になることでした。それで「残りも少なくなったのでもう貸してやれない」と考えられたようでした。しかし子供たちは、母親への借金を申し込み続けました。時には、断る母親が悲しむような言葉が子供たちの口からは出たようです。母親の心は子供たちに援助できない自分のふがいなさと、子供たちが自分から遠のいていく淋しさに耐え切れなかったようです。
 結局「泥棒にお金を盗られた。だから貸してあげることが出来ない」と言うようになりました。警察からも人がきて調べたこともありました。犯人は見付かりませんでした。やがて子供たちは「泥棒に盗られた」という母親の言葉を信用しなくなりました。

 さて話を元に戻しましょう。この女性には夜寝ないで起きていたり、夜中でも他の子供たちの家へ行こうとして外出してしまったりの行動も加わってきました。事、ここに至って、子供たちは母親の認知症状態に気付きました。子供たちは皆「なんとか元気になってほしい」と本気で思ったようです。病院へも連れて行き検査も受けました。結局入院ということになりました。
 ここでまた問題が起きました。子供たちはそれぞれ自分が知っている病院、自分の家に近い病院へ母親を入院させることを主張したからです。母親名義の財産の相続問題が絡んでいたようでした。いずれにしても、このような対応ではこの女性は元気になられるはずはありません。このケ−スでは「お金を盗られる」との訴えだけからでも、
(1)お子さんたちはもっと母親が楽しく日々を過ごせるようにすること
(2)借りたらお金は返済すること、また返済するお金のないときは配慮(母親と 一緒に行動したりすること)で返済すること。預金額は減らさないこと
(3)母親が長男の嫁を悪く言うときは、長男の弟妹たち皆に考え違いがあること
(4)長男の母親への考え方・接し方に問題があること。(長男が母親をあまり相手にしないと、嫁がその原因とされ大変な誤解を受ける。それだけで泥棒呼ばわりされることになったりする)などを考慮することが必要だったのです。

もう一つの例を挙げてみましょう。
〔例2〕
 ご自分の子供たち(特に長男)やその家族から優しさを感じられないような接し方をされてい るお年寄りがいらっしゃいました。淋しさ・不満・怒り・あきらめなどの多い生活になっていま した。 お年寄りは79才の女性です。このような不満・淋しさなどへの感情の原因や責任を、お年寄  りはご自分の子供たちに求めようとはされませんでした。非行に走った少年の親が「うちの子に限って……」と言うのと同じようです。したがって、その結果貧乏くじを引かれたのは『嫁』ということになってしまいました。

 お年寄りは「嫁がいけない。嫁さえいなければ、こんなことにはならない」といつも考えていられたようです。それは言葉を換えれば「嫁に息子をとられた」ということと同じです。そしてそのまま認知症状態に進んでしまわれた時、表現が換えられて「嫁がお金を盗った」「家の中に泥棒がいる」「ご飯を食べさせてくれない」などの訴えとなりました。したがって、お年寄りのこのような訴えは、ご自分に対しての考え方の改善を『嫁』の存在を借りて、子供たちに要求しているだけのことだったのです。

 このような訴えに対して、嫁が本当にお金を盗ったかどうかの詮索が子供たちによってされま した。(しかしそれは前の例と同様に意味のない行為でした。)その結果、子供たちがお年寄りの『もの忘れ』を指摘して「思い違いだ」などとなじるだけの ことになりました。お年寄りは嫁を悪い人だと更に思い込むだけの結果になりました。長男夫婦と孫は家を出て行きました。悲しんだお年寄りはその分だけ認知症状態を進行させたようでした。

 さて、嫁の次に貧乏クジを引かされたのは『夫』です。何十年も前の出来事の非を、現在のことのように取り上げられて攻撃されました。過去の女性問題が攻撃材料でした。このような刺々しい状況にある両親を見て、自分たちには関係のないことだと子供たちは思い込んでいました。母親に対する配慮が子供たちに欠けているために、両親の間にトラブルが発生していることを知らなかったのです。

 これらの例でわかることは、お年寄りに対しての優しい人達の存在と充実した生活や安心した生活を出来るようにするための配慮は、お年寄りが認知症状態に陥られる前にこそ必要だということです。

 [5]の段階における認知症の症状により、生活の在り方への抵抗や改善要求をお年寄りにさせるようでは本当はいけないのです。楽しいから明日が待ち遠しい生活、幸福感でいっぱいになってしまうような優しい人達(子供たち)と一緒(遠く離れていても、子供たちの配慮はいつもお年寄りと一緒)の生活があるだけでよいのです。それだけでお年寄りは『認知症』を避けることができるのです。なお、前記の2例では、生活史型認知症においてのお年寄りと家族、つまり親と子の関係を問題として取り上げました。  
 この他にも
お年寄りと 両親 などの関係の中で、お年寄りの認知症症状は決められていきます。
配偶者
仕事
財産・学歴
目標・計画
神仏

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