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私たちはある年齢を過ぎると、仕事からの引退は当然かも知れませんが、更に、 ・若い人たち・異性などとの付き合いからの引退 ・昔の仲間・知人などとの付き合いからの引退 ・買い物・財布からの引退 ・おしゃれ・ぜいたく・おいしい物・珍しい食べ物からの引退 ・自慢話・褒められることからの引退 ・情報・勉強からの引退 ・家庭の仕事からの引退 ・外出・旅行などからの引退 ・酒・タバコ・コ−ヒ−などからの引退 ・親しい人達からの引退 ・家族との付き合いからの引退(訪問されるだけ) ・応接室・居間からの引退 ・遊び・運動・楽しいことからの引退 ・自然(山・川・海・野原・森など)、街(商店・駅・役所など)からの引退 ・会話・雑談からの引退 など……、引退することばかりが目立ってきます。(逆に引退しないで頑張っているお年寄りがいらっしゃると、「年齢も考えないで・・・」と冷笑されてしまうことがあります。) 若い成長期とはまるで逆の在り方です。生活の内容とか行動範囲は質量共に低下し単調で変化のないものになっていきます。それに伴って運動機能や脳機能も当然のことのように低下します。以前に比べて速く走れなくなったり、忘れっぽくなったりは極めて当然のことでもあります。 このようなさまざまな引退により、生活を縮小していく状況の中での症状をあげたのがグル−プ[1]の内容です。お年寄りがご自分を縮めていかれる時の症状です。この項目のいくつかが該当するからといって『認知症状態』にあるとはいえません。しかし、大勢の人たちとの参加・協力関係を失い、孤立した生活に慣れ、『自己を縮小』していくことは『認知症』を避けることを願うときには大きな問題となります。 |
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