| ケアマネージャー 楢木博之 |
| 平成16年10月15〜17日の3日間、京都市において国際アルツハイマー病協会・第20回国際会議が行われ、私も参加してきました。この国際会議は以前から注目されていて、連日報道機関でも紹介していました。それはアルツハイマー病への関心が世界的に高まってきていることと、もう一つ、今回の会議にはアルツハイマー病の当事者の方々が、自らの体験を講演するということで、世界の注目を集めたからでした。 当日は、世界60ヵ国から、4000人近い参加者があり、場所を移動するだけでも大変な状況でした。私も今までさまざまな学会に参加しましたが、これほど人数の多いのは経験がありませんでした。それほど世界中で痴呆の問題に関心が集まっているのだ、と感じました。参加者も医療・福祉関係者だけでなく、介護するご家族の方々、そして当事者の患者さんも参加していました。内容は3日間の中で、「痴呆ケアの将来像」「痴呆の人と家族」「痴呆と人権」についての3つのテーマに分かれて、基調講演、シンポジウム、ワークショップ、演題発表が行われました。その参加ご報告を記するのに当たって、この本号だけですべてをお話しすることは不可能なので、何回かに分けてお伝えしたいと考えています。 始めに当事者の講演の報告と共に、痴呆を取り巻く状況についてお話していきます。 まず当事者の話についてですが、日本からも74歳の男性と、57歳の男性が講演を行いました。そのお二人のお話の中では、「脳は衰えても自分らしく生きたい」「良い薬が出来てもう一度働きたい」「迷惑をかけた妻を楽にさせてあげたい」という言葉が印象に残っています。 現在はまだまだ痴呆高齢者の理解は進んでいません。その1つに、「痴呆の人は何も分からない」と考えている人が多いという事実があります。ですから今回のお二人の講演についても、「演壇に立って人前でお話が出来るくらいなら、それは痴呆ではないのではないか」と評価する人もいます。 その背景には、痴呆高齢者は何も分からず、徘徊や異食などの問題行動がある、という固定観念があり、痴呆の人が人前で話すことなどできるはずがない、と多くの人が考えているからではないかと思うのです。 同じく当事者の方でオーストラリアのクリスティーン・ブライデン氏は、世界中で自分の体験を講演しています。その方の著書の中で、「私が痴呆について話すということは、後期痴呆のステレオタイプしかない人にとっては不可解なことなのだ。話せるならば病気ではない。これは大きなジレンマだ。(中略)痴呆症の中でも、後期痴呆の人だけが信憑性があると見なされているようだ」(『私は私になっていく〜痴呆とダンスを』より)と述べています。この現状こそが痴呆を考える上で大きな課題と言えるのです。 今回登場のお二人の男性のお話には、痴呆症を患い、不安を抱えながらも前向きに生きていこうと言う意欲が満ち溢れています。「痴呆の人は何も分からない」のではないのです。そのことに我々は気付くべきなのです。ブライデン氏はまた、「この病気は、診断された後も、一般的に、数年間は続く旅であり、悪化との戦いの日々を経験することになる。旅の途中にいる私たちの多くは、まだまだ話せるのだ。この旅を歩む私たちのひとりひとりは、耳を傾けて話を聞いてもらい、敬意を払われてしかるべき権利がある。やっとのことで格闘しながら意思疎通している私たちの声を聞かず、無駄にするような時間はないはずだ」と述べています。 痴呆高齢者に関わる全ての人が、当事者の方々の声に耳を傾けて、何かしらのメッセージを受け止めていく必要があるのです。まだまだ痴呆の理解は進んでいません。 当院においても、痴呆について正しい知識を広める役割が、今後一層求められてきます。その役割を果たせるように、私は努力をしていきたいと考えています。 痴呆高齢者を取り巻く環境についてですが、現在少しづつ変化してきています。 最近の報道でも取り上げられたことですが、「痴呆」という呼び名自体が問題である、という指摘がありました。そこで厚生労働省は国民から意見を集い、その結果「認知症」に変更する動きになっています。 また、平成18年度に行われる介護保険制度の改正においても、痴呆予防をクローズアップしています。 さらに介護の質の向上を図るために、介護保険施設等で働く介護職の基礎資格を「介護福祉士」にしていく方向で動いています。この話題は先日報道でも一面に大きく取り上げた新聞もありました。 今後も更に、痴呆高齢者を取り巻く環境は変化していくでしょう。次回はもう少し詳しく、今後の変化に焦点をあててお話を進めたいと思います。 |
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