ケースワーカー 吉永哲哉
 新年明けましておめでとうございます。
 昨年は皆様にとってどんな時間だったのでしょうか。毎年言われる事ですが、私には時間の経過が早く感じられ、あっという間の1年でした。今年は、どんな時間になるでしょうか。
 季節がら患者さんとの会話もお正月の話題が多くなってきます。入院患者さんの大半の方は現在の時間の感覚や季節感を理解することが困難な方々です。または、その場は理解できてもすぐに忘れてしまわれます。
 当院の昨年の新たな取り組みとして高年学校が始まり、1年かけてほぼ体制づくりは整いました。その場に行けば話をしたり、楽しめたりするという形にはなってきました。また、ご家族の参加も見受けられるようになってきました。
 患者さんの話すことを聞いてあげる、自慢話をきいてあげる。ご家族の名前や身近な名前を使って、ご家族の名前を忘れないように、忘れてしまったら思い出して頂くようにお話を繰り返しています。その中で、それぞれの方の存在価値を認めてあげる、生きていること、生きてこられた事に感謝できるようにお話させてもらっています。
高年学校だけでなく、普段の日常生活の中でも、ご家族の名前を入れてお話させてもらっています。息子さんや娘さんの名前を、耳元で言うだけで表情の変わる患者さんもいらっしゃいます。
 先日、お話した患者さんは、90歳の患者さんで、日常生活は全介助で自分のお名前の認識も低下されている方でした。あいさつも、調子がいいとうなずいたりされます。言葉も少なくなり、「そう」「どうしたの」「いいの」「いや」は出てきますが、会話してもらうことは難しい時がほとんどです。普段もこちらがあいさつしたり、身近な話題やご家族の事を話しておりますが、ほとんどが一方通行です。目と目を合わせたり、手をにぎったりして、寄り添うぐらいにしか出来ません。
 この日もあいさつすると、壁や天井を見ていらっしゃいました。4人部屋ですので、他の患者さんにもあいさつしていると、その様子を見ていらっしゃった様子で、自分でベッド柵をつかみ、上半身を起こされ「えーっ、えーっ」と声を出され、視線を私の方に向けられていました。
 その方の所に戻るとしばらくしてから「わからなくなった」と言われました。手をにぎっていると「行かないでね」「私を一人にしないでね」と淋しそうにつぶやかれました。何となくご主人と思われているように感じました。
続けて「私だけを置いていかないでね」「楽しいことしか覚えていない」「いろいろ聞かなくてごめんね」「悪いことをした」と言われました。
「大丈夫ですよ」とゆっくり繰り返し言うと、何度目かに「大丈夫?」と聞かれました。「子供もいるしみんな元気ですよ」と話し、お子さんの名前を耳元で何回か繰り返し言うと、オーム返しでお子さんの名前を言われました。表情も安心したようにほっとされていましたが、今度は「お父さん、お母さんは元気?」と尋ねられました。ちょっと迷いましたが、「元気ですよ」と言うと「そう」と安心されました。
 お年を聞くと60歳とのことでしたので、ちょうどご両親を気遣いされている頃だったと思います。安心されたのか、今度は「楽しいことがしたい」と言われ、楽しかった事を聞くと「旅行が楽しかった」と答えられました。
また「今は春?、夏?」と聞かれ、「冬ですよ」と説明すると「これから寒くなるね」「またどこかにいけるかな?」と言われました。職員があれこれ行きましょうかと持ち掛けると「どこでもいいから、あなたと一緒に行く」と言われ「元気にならないとね」と少し力強く言われました。
この患者さんが、自分から話し出されたことに驚きましたが、未来に向けて頑張ろうという意志が蘇った瞬間だったと思います。自分自身の気持ちを「〜したい」と希望を持たれたことに力強さを感じました。孤独な気分を、分からなくなる怖さを、だれもいない不安から少しでもわかる言葉、わかることで和らげられたらと思います。
ご自分の名前も言えない方でも、過去の楽しい思い出は残っている方が大勢いらっしゃいます。聞く作業により、孤独な何も無い時間から過去の大切だった時間を、大事な人達を、大事な物を、現在の時間に持って来ることが出来ます。
 この患者さんも過去の大事な方々に支えられ、明日への希望として生きる力とされています。
私たちにできることは、望んでいた事、願っていた事を「〜したい」という気持ちを持っていただけるように、願わくば実現できるようにお話を聞いてあげることです。それぞれの方の想いや心の支えは、いつでも生きています。想いを聞いてあげる人や時間が必要です。その人の事、大切な時間、大切な人たちの事を言葉で聞いてあげてください。
 言葉により未来は作られてきました。それは、大切な心の支えの糧があったからです。言葉によって現在を幸福感の日々で過していただければと思います。
 私も患者さんの「元気にならないとね」の言葉によって、今年もがんばろうと励まされています。