看護師 松尾昌代
 御殿場高原病院は、華麗で雄大な富士山が間近に見られ、その裾野に広がる緑豊かな土地に開設されて、早や二十五周年を迎えました。
 立派な新館も完成して一年四か月が経ちました。明るい広々とした病室、廊下、ホールの中で患者様はより快適に療養(生活)されています。
 開設時より院長先生は、認知症症は患者様の生活暦がいかに重要な要素を握っているかに注目され、平成九年には臨床経験を元にして、認知症状態を測定するNSテスト表を開発され、それを実践して来られました。
 生活史型認知症は、それが出現してからでも、対応の仕方によっては進行を止めたり、進行の速度を遅らせたり、時には改善さえ出来るということを、院長先生はおっしゃっておりました。
 当院に入職した当時、私は老人認知症、アルツハイマー病という病名があること自体理解できませんでした。やがて数年が経ち、点滴づけがいかに患者様の自由を奪い、食欲不振、褥瘡などで生きる勇気を失い、寝たきり状態となっていくのをみて、医療が治療と考えていた看護職員も、これでは患者様がだめになってしまうと、考え方が変化してきました。
 当院ケースワーカーの人たちが、患者様のベッドサイドでお話されているのを見ながら、しだいに笑顔が現れ、また言葉が聞かれるようになる姿を見て、忙しくても、仕事に追われるだけはでなく、業務を改善して時間を作り、勉強をしてケアを重点的に行なっていくべきだと考えました。
 十年前までは、若くて活発な患者様の間では、徘徊、離院、夜は銀座通り(院内廊下の戯言の称です)で、夜間逆転の患者様も多く見られました。職員数も現在より少なかったのですが、お互い今より若かったので、頑張ってこられたと思います。
 カンファレンスの機会も多く持ち、職員も院長先生の意向を反映出来る様、努力して参りました。その頃、サンデッキ、リビングが出来上がり、患者様が明るくのびのびと生活出来るようになり、ご家族との交流も増え、行事にも多くのご家族が参加されるようになられ、患者様と楽しいひとときを過ごすことが出来るようになりました。
 現在、旧館の一部ではリハビリ訓練が行なわれておりますが、旧一病棟の後は、年間行事や、月二回の合同レクリエーション、ボランティアの人たちの催し時などに利用されています。
 患者様にはご家族の希望もございまして、棟内のみでなくなるべく外の空気にふれさせてあげるように心掛けております。
 新病棟には二つの教室も出来ておりますので、個別ケアがこれまで以上に行えますので、病棟内での交流機会も多く持つ必要を感じています。
 現在患者様の平均年齢は八〇・九歳となっております。加齢とともにどなたも体力が落ちてくるのはやむを得ないことですが、出来る限り、生きていて良かったと思えるように援助していき、ご家族との交流も気軽に行なっていきたいと、二十五年目の節目に当たって心を新たにしております。