| ケースワーカー 保科光俊 | |
| 入院前のAさんは一人暮らしでした。入院理由としては徘徊が第一の問題点でした。日中ほとんど自宅にいることができず軽い交通事故にもあわれたこともありました。また、何枚も重ね着をし、着替えや清掃も理解できない状況でした。このような認知症症状を治療するため当院へ入院されることになりました。 当初は表情も暗く、何もしたくないという無気力感が感じられました。寂しいですかと聞くと、「寂しくないです、ずっと1人でしたから・・・」と言われました。何かしたいことはと聞くと「何もないですね」と答えられました。 このように夢を持てない、計画を立てられない、希望が持てなくなっていて、『未来』を失い、『現在』での努力をすることが出来なくなりつつある状態でした。 「認知症は未来の喪失から始まる」と清水院長はいっております。計画を立てられなくなり、その計画に向かって努力できなくなります。そして現在が曖昧になると自信が持てなくなり、不安な日々を過ごすことが多くなります。そのような日々を過ごしていると、訓練すればまだまだ出来る状態なのに、使われなくなった能力は失われ、どんどん忘れていってしまいます。さらには過去に獲得してきた知識、経験までも失ってしまいます。このように私たちは未来、現在、過去の順番に喪失していくのです。Aさんには過去の知識、経験をしっかりしたものにし、現在を充実した努力のできる環境に配慮することから始めました。 まずは「この人だったら一緒にいたいなぁ」「何かやってもいいかなぁ」と思ってしまう存在(仲間)を作れるように援助しました。Aさんは一人暮らしをしていて友人関係も希薄、ほとんど1人で過ごしていました。そんなAさんには心を許せる人ができて初めて意欲が持てると考えました。気の合いそうな患者さんと一緒にお話をしたり、少しずつ気持ちをほぐしていきました。暗かった表情に笑顔が差すようになりました。 次は自信・安心感を持ち続けられるように働き掛けました。それは「Aさんは必要な人」ということを感じて頂くことです。職員と数人の患者さんでタオルたたみや掃除など役割を持っていただきました。Aさんが恥をかかないように、失敗しないように、またそれをAさんに気付かせないように職員が配慮します。このような配慮を様々な場面で行いました。 「自分はまだ出来る」という自信・安心が持てるようになってきたのでしょう。「タオルをたたむ時間でしょ?」と職員に積極的に聞いてきたり、「次は歌を歌う時間ね」など、日々の予定を把握して過ごすことが出来るようになりました。私の冷たい手を握り「冷たい手だね、暖めてあげるよ」とさすってくれます。他人に対する気遣いも出来るようになりました。今では「どこか出掛けて買い物に行ったり、お茶に行ったりしたいわ」と言われています。計画、希望を持てるようになりました。入院当初の面影は今はなく、入院時の問題もほとんど軽減されました。 Aさんは何もしたくないのではなく、何も出来なかったのです。認知症の進行につれて現在の努力が出来なくなっていたのです。私たちも何か新しいことを始めるとき、とても大きなエネルギーを必要とします。そのようなとき、ポンと背中を押してくれる協力者がいると初めの一歩を踏み出せることも少なくありません。お年寄りもそうなのです。協力者がいないと意欲を持つことはとても難しいのです。どれだけ配慮できるか、協力できるかに認知症の改善、治療は掛かっていると言っても過言ではないと思います。 人は十人十色。同じように見えて皆違います。1人ひとりに合わせた治療を病院職員とご家族とで協力しながら当院ではこのような考えのもとに認知症の治療を進めています。認知症の治療は協力者が特効薬なのです。 |
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