ケースワーカー 楢木 博之
 認知症に関して次のようなことを耳にされたことはないでしょうか?「指先を使えば認知症にならない」「編み物やピアノをすれば認知症にならない」「魚をいっぱい食べれば認知症にならないよ」「頭をいっぱい使っちゃうと認知症になっちゃうよ」「呆けないようにするには趣味を作らなくてはいけないよ」などなど。
 それであれば、魚好きでよく食べている人は認知症にならないし、ピアノが上手な人は認知症にならないし、趣味をいっぱい持っている人が認知症にならないということになります。では本当にその通りかと言うと、そういうわけでもないと思います。
 実際に当院に入院している患者さんの中で、魚が好きという人もいますし、ピアノが上手な人もいます。若い頃は多趣味で海外旅行などに頻繁に出かけていた人もいました。そう考えるとそれだけやっていれば認知症にならないとは言い切れないことになります。
 ご家族との面談でよく聞かれることの1つに、次のようなことがあります。「認知症は遺伝するのですか?」ということです。認知症が遺伝なら、両親が認知症になっていると不安になるのは当然のことでしょう。そんなとき私は、「認知症は決して遺伝ではありませんから、余分なご心配をなさるよりも、今からの生活のあり方を大事にして下さい」とお答えしています。

 ご相談を受けていて、非常に残念なご家族にお会いしたことがありました。自宅で暮らしていて、夜間徘徊や荷造りしたり解いたりを繰り返していたお年寄りが、ご家族の介護が困難になるにつれて、お年寄りと孫との接触を遠ざけてしまいました。理由はお孫さんも勉強とか忙しいから、こんなおばあちゃんと一緒にいさせたくないとのことでした。さらに介護者はおばあちゃんのミスをその都度叱っているようでした。このお年寄りは自宅でどんどん認知症症状が悪化し、最後は施設へ入所されたとのことです。
 私はこのケースに遭遇して、そのお孫さんが今度は親を介護する場合、同じように対応してしまう心配があると感じました。孫は余程訓練されないかぎり、両親が接したようにしか介護することができないのです。そう考えれば代々同じように両親に接することになり、認知症を生み出しやすい家庭環境が生じてしまいます。認知症の人に対する間違った対応の仕方が遺伝してしまっているのです。ですから認知症は遺伝するのですかと聞かれた時には、「現在のご両親に接する時を大事にして下さい」とお話することにしています。

 子育てを終えて、呆けないようにとピアノを始めたとしましょう。初めは一生懸命教室へ通っていました。しかし段々続ける意欲は低下していきました。結局、続かなくなってしまい、徐々に認知症が出現しました。これではピアノの意味がないでしょう。この方はピアノをただ呆けないためだけにやっていただけで、ピアノを演奏して誰かに聞いてもらったりすることがなかったのです。要するに自分がしたことを他者に披露したり、認められたりする場がなかったのです。逆にピアノを他者に披露して、認められていくと「今度は違う場所で演奏しよう」などと意欲が出てきます。だからピアノだけやっていれば呆けないというのではなく、ピアノを通して生きる意欲を持てれば認知症を免れることができると言えるのではないでしょうか。極端に言えば、魚を毎日食べていても、誰からも認められることもなく生活していけば、意欲など出てこず、認知症を引き起こしてしまう可能性が高くなってしまいます。魚を食べたことが無意味になってしまうのです。

 お年寄りは認められる機会が少なくなります。当院院長がよく外来で、お年寄りを褒めて下さい、認める言葉を掛けて下さいとご家族にお話をしています。そのことを聞かれたご家族も多いと思います。それがなければどんなに指先を動かしても、ピアノをしても無意味なものになってしまう可能性が高いでしょう。だから認知症というのは周囲の人たちの対応が大事なのです。対応の仕方1つで認知症が早まるか、防げるかということに関わってくるのです。

 こうした認知症に関する考え方が、ご家族の方々のみならず日本人の『常識』になってほしいと願っています。そうすれば、先に話した認知症に対する間違った対応が遺伝していく可能性も小さくなります。この考え方が浸透すれば、認知症になる方も減っていくのではないでしょうか。その役割を御殿場高原病院が果たし、ご家族が正しい対応をできるように努力したいと思います。