ケアマネジャー 楢木博之
 認知症に関する相談の中で、「食事を食べなくなったのですが、どうしたらいいですか?」という質問を受ける時があります。しかしこれだけの情報ではどうすればいいのか、正確な返答ができず困ってしまいます。相談する側のご家族は、「食べないから体力が落ちてしまう。食べさせなくてはいけないのに食べない」という悪循環で行き詰まり、どうしたらいいのか分からなくて相談に来ます。だから早く答えを知りたがります。しかし食べない理由が分からなくては、対応の仕方をお答えできないことの方が多いのです。

「食べるにはどうしたらいいか」かではなく、「なぜ食べられないのか」を知ることが先決なのです。食べない理由を考えてみると、いろいろあります。歯が痛くて食べれない、身体の調子が悪くて食べれない、気持ちがふさぎ込んでいて食べれない、嫌なことがあって食べれないなど、食べれない時の理由は様々です。これらは私たちでも同じでしょう。そしてその理由を解決すれば、食べられるようになることがあります。ただ認知症の方はその理由を自分から訴えることができないので、なぜ食べないのかが分からず、困ってしまうことがあるのだと思います。

 このような事例がありました。85歳の女性で、自宅で息子さん家族と暮らしていました。担当のケアマネジャーから、「食事を食べなくて困っている。食べてもすぐ吐きだしてしまう。理由を聞いても食べたくないを繰り返すだけ」という相談の電話が私の所へ入りました。1ヶ月くらい食べない状況が続いているので、体力も低下してしまっているとのことでした。

 これだけでは「食べない理由」は分からないので、自宅訪問し、ご本人の様子を見に行きました。お会いすると、体力の低下を感じさせず、私に対してきちんと挨拶をされました。初対面なので緊張を解こうと雑談から入っていきました。雑談中、Aさんは私に対してとても丁寧な言葉使いで対応してくださり、昔の話を嬉しそうにしてくれました。そしてAさんが素晴らしく優秀な方で、私なんか足下にも及ばないことが分かり、恐縮し放しでした。「Aさんは素晴らしいですね」「ご立派ですね」を繰り返すだけでした。しかしAさんは繰り返し昔話をしてくれました。それどころかあれだけ食べないと言われていた方が、話の最中に私にお菓子を勧めるだけでなく、ご自分でも少し口に運びました。ご家族も私も「食べましょう」とは勧めなかったのにです。

 Aさんは後日、当院院長の診察を受けに長男家族と共に来院されました。院長の診断では食べない理由は次のとおりでした。【現状の生活にご家族(特に長男)への不満があり、自分の願いが叶えられない状態である。長男と楽しく過ごしたいという思いが強いのに、それができないから生きている意味がないので食事をとらなくなった】とのことでした。

 では、どう対応すればよいかについては、院長から、【長男との関わりを大切にし、母親を大切に思っていることを繰り返し伝えていくようにする。毎日の生活の中に「楽しい」「嬉しい」「
良かった」と思えるような機会を提供する】というお話がありました。今までもAさんの長男が全く関心がなかったわけではなく、食べられなくなってからは特に熱心に介護されていました。何とか食べてほしいと時間をかけて、時には介助しながら食べさせようとしていました。全く無関心なご家族ではなかったのです。しかしAさんの期待していたことと、ご家族が行なっていたことには、ずれがあったようです。ご家族が熱心に行えば行うほど、「楽しい生活」とは遠いものになっていたようです。

 その後、長男ご家族は一生懸命に食べさせようとすることを止めました。代わりにご家族一緒の食卓で、皆で囲んで楽しく食事をとるようにしました。そうすると少しずつ、食事量が増えていったとのことでした。食べない時は入院を考えていましたが、しばらく家での生活を続けますということになりました。その旨を担当のケアマネジャーに報告しました。

 食べない理由が、すべてこのようなケースではありません。いろいろな理由の中の1つです。しかし、「食べない、食べない」と困っているだけでは問題の解決にはならないのです。食べない理由が何かを考えると、解決の糸口が見つかるかもしれません。私もこの事例を通して改めて考えさせられました。