| 生活指導員 池田 攻 | |
| 私は今年の2月16日でめでたく還暦を迎えることができ、大変感激致しました。と申しますのは、私は法定伝染病を2回も患いながら、この日を迎えられたからです。 最初は5歳の時にジフテリアを患いましたが、家族および親族をはじめ、ご近所の方々からの親身の看護をいただき、そのうえ新薬のお陰で全快できたそうです。2回目は、16歳の時に肺結核を患いました。この時も前回と同様、皆様から大変お世話になり、栄養のある食べ物や漢方薬等のお見舞いをたくさんいただきました。私はこの病気に罹った時はまさにお先が真っ暗になりましたが、毎日のように母から、「この病気を治すことが大勢の人達からご心配をいただいたお礼だから、頑張って治せよ」と励まされ、また私は毎日神棚と仏壇にお祈りしながら専心治療に当たると共に、良い新薬にも恵まれたお陰で完治することができました。この全快の時には、本当に感無量でした。 私はこのように幼少の時から虚弱体質で、小学生時代には夏負けや風邪等で学校を度々休んでいました。その頃、ご近所の年配の方々の会話の中で「人生僅か50年」という言葉を時々耳にしていましたので、「私はこんなに弱い身体で50歳まで生きられるのだろうか?」とか「結婚して子供は授かれるだろうか?」などと大変心配しました。けれども成長するにつれて体力が少しずつ付き、18歳にて陸上自衛隊に入隊し、その後結婚、そして3人の子育て、その上自衛隊での厳しい訓練にも耐え、54歳にて定年後も病気で入院治療することはお陰様で一度もなく、現在に至っております。 そして還暦のお祝いとして、3人の子供たちから2月28日から2泊3日の沖縄旅行をプレゼントされ、家内と2人で行ってまいりましたが、こんなにゆっくりと2人で長旅をしたのは結婚して初めてのことでした。沖縄は連日晴天で、光り輝く太陽、澄みきった青い空と海を見ることができました。気温は25度と、もう初夏を感じさせるほどでした。世界遺産でもある首里城、またその関連施設も観てまいりましたが、この年齢まで生きてこられて良かったと、嬉しく思いました。 これからは付録の人生だと思い、家内と2人でよりいっそう健康に注意して、今までできなかった国内の名所旧跡を旅行したり、5人の孫たちの成長を楽しみに、夫婦仲良く親の年齢(父84歳、母95歳)まで長生きしたいと思っています。 |
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